2022/10/24
固定残業代制度の導入と運用上の留意点
固定残業代制度の導入と運用上の留意点
時間外労働の賃金トラブルを回避するために
固定残業代制度には、労働者に固定残業代に見込まれる残業時間内で労働密度および生産性を高めて働いてもらうというメリットはありますが、」その導入および運用には注意しなければならない点も多くあります。
法定労働時間(原則:週40時間、1日8時間)を超える時間外労働については、労働基準法に基づき、1時間当たり賃金額の25%以上の割増賃金を支払わなければなりません。さらに、月60時間を超える時間外労働については、1時間当たり25%を加算した50%以上の割増賃金を支払わなければなりません。
これまで中小企業については月60時間超えの法定割増賃金率は適用猶予とされてきましたが、令和5年4月から中小企業も50%以上の割増賃金を支払う必要があります。
今年10月から最低賃金の引上げ、短時間労働者への社会保険の適用拡大、さらに前述の法廷時間外労働の割増率の引き上げと、中小企業にとっては、人件費負担が法律に基づくものだけでもインパクトが強いものになります。
●固定残業代とは
割増賃金には、給与計算期間ごとに時間外労働、深夜時間、休日労働の時間数(以下、時間外労働等)を集計して、その時間に応じて労働基準法第37条に基づく法定割増率を乗じて支払うのが原則です。しかし、毎月一定の時間外労働がコンスタントに見込まれる場合には、見込み残業代(固定残業代)として一定の時間労働時間数を固定で支払う会社もあります。たとえば、少なくとも1日1時間程度の
時間外労働は毎日あるというような会社で、給与計算を簡素化するために、月20時間分の固定残業代を支払うことがあります。
●固定残業代制を導入するには
固定残業代を導入するにあたっては、①残業の基礎となる定額給与部分と固定残業代部分を明確に区分すること、②固定残業代として何時間分の時間外労働等を見込んでいるのか明確にすること、③固定残業代として支払われる時間外労働時間数を超える時間外労働等に対しては別途割増賃金を支払うことが必要となります。
また、固定残業代として何時間分を見込むかという点に関しては、法的な制限は有りませんが、過去の裁判例で「労働契約書において、会社と従業員の間において、固定残業代100,000円(月83時間相当)を支給する旨の合意がなされているが、これは厚生労働省の時間外労働の限度基準である月45時間を大幅に上回り、公序良俗に反するものとして無効である」(穂波事件岐阜地裁H27.10.22)としたものがあります。これは、厚生労働省の過労死認定基準「1か月80時間を超える時間外労働」を基に判断されたものです。したがって、、固定残業代で見込み時間外労働を設定する場合には、36協定(時間外及び休日労働に関する協定)に基づき時間外労働の限度基準(1カ月45時間、年単位の変形労働時間制の場合、1か月42時間)の範囲内にすべきでしょう。
また、就業規則や賃金規程で、固定残業代に関する定めをするほか、労働契約書に固定残業時間数とそれに応じた固定残業手当を明示しておくべきです。
●固定残業代をめぐるトラブル
固定残業代制を導入しても、残業時間数を計算しなくてよいことになりません。会社には、労働者の労働時間を把握する義務があります(労働安全衛生法第66条8の3、「労働時間適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」)。その結果、固定残業代の基礎となった残業時間数を超えた時間外労働があった場合には、その超えた部分について別途割増賃金を支払わなければなりません。しかし、過去の裁判例を見ると、多くの場合、その超えた部分を支払っていないことで敗訴しています。
また、時間外労働時間等が固定時間数に満たない場合や早退や欠勤があった場合に、固定残業代を減額してトラブルになることがあります。
固定残業代制は、みなし時間外労働に対する割増賃金を支払う制度であり、実際の時間外労働が固定残業時間数として見込んだ時間より少ない場合や、欠勤や早退により時間外労働が少ない場合でも安易に減額することができません。
したがって、固定残業代として一定の見込み時間外労働時間数を設定する場合には、月の時間外労働等が平均的にどの程度あるかを十分に調査・確認して設定する必要があります。
また、例えば固定残業度として見込み時間外労働等の時間数を30時間と設定して、それに相当する額を支払っていたものを、仕事が減少または残業の恒常的な減少などを理由に20時間に変更することは、労働契約法に基づく「不利益変更」に該当します。変更の必要性について十分な説明と労働者の合意が必要となり(労働契約法第9条)、場合によって一定の経過措置が必要となる場合があります(山梨県民信用組合事件最高裁H28.2.19)。
●固定残業代の繰越
一給与計算期間における実際の時間外労働時間数が、固定残業代に基づく見込み時間外労働時間数より少なかった場合に、その時間を翌月の残業に繰り越すことが可能かという問題があります。
たとえば固定残業代が月30時間分で5万円とした場合、10月の実際の残業が10時間で2万円相当分しかなかった場合に、固定残業代としては5万円全額が支払わるものの、過払分3万円については11月に繰り越されて、11月は残業が多く8万円分の残業をしたとした場合、10月の過払い分3万円を11月分の残業代に充てることができるでしょうか。
このような「固定残業代の繰越制度」は閑散期に固定残業代「繰越分」を溜めておき、これを繁忙期の残業代支払いに充てることができるため、会社としては残業代の無駄をなくすことができます。
しかし、繰越が可能となれば、固定残業代の「繰越分」が累積され、固定残業代分を超える時間外労働等があっても繰越累積分を充当するころができるようになり長時間労働につながることにもなります。この点に関しては、「雇用契約締結時の就業規則(周知していることが前提)の内容が法令に違反せず、合理的な労働条件が定められて入れば雇用契約内容となり(労働契約法第7条)、当事者を拘束すること」になるので、「定額残業代の未消化部分の繰越制度の規定は①法令に違反しないこと、②合理的な労働条件であること(合理性があるか)の要件を満たしていれば有効となる」(SFコーポレーション事件 東京地裁H21.3.27)としていますが、一地裁判決でもあり問題が残る点もありますので、固定残業代の繰越は極力避けるべきでしょう。
●求人をする場合の注意点
以上のほか、固定残業代を導入している企業が、求人広告で人材を募集する際に、固定残業代の記載なく、採用後に基本給に含まれているなどによりトラブルになることもあります。そこで若者雇用促進法により、①固定残業代を除いた基本給の額、②固定残業代に関する労働時間数と金額などの計算方法、③固定残業時間を超える時間外労働、休日労働に対して追加で割増賃金を支払う旨についての明示が義務化されていますので注意しましょう。